さびれたお宿「あずま」に着いたのは17:20頃だったかな?
70代くらいのご夫婦が二人でやっている民宿で、お世辞にも綺麗とは言えない見た目と中身だが、ついた途端おかみさんから、「足疲れているから靴脱ぎなさい、脱いだ靴はこっちにしまう!これ履いて」とぽんぽん指示されて、わちゃわちゃなる私・・。
「お連れの方は?」っていうので、私は早々にリタイアして伊能は歩いて向かっていることを伝える。
その後、おかみさんとだべっていると、日本語カタコトで喋れるフランス人と香港人が登場。どうやらこの二人は飛び込みできたようである。「本当はうちは飛び込みお断りなのよ~でもね、この外人さん日本語喋れるし、外国人には優しくせにゃいかんでしょー」って。
で、そうしたら今度は台湾人の大荷物の男が入ってきて、どうやらこの人は別の人が彼の宿を予約してくれたみたいだけど、まったくもって日本語も英語も喋れない。マンダリンのみ!
ってことで、とりあえず筆談。もしくは、香港人に通訳に入ってもらい、おばちゃん(日)→私(英)→香港人(マンダリン)→台湾人というどんだけ伝言ゲームやねんという長々とした会話になる。
おばちゃんこれがよう喋るおばちゃんで、延々としゃべる喋る、且つご老体特有の高性能なリピート機能を搭載されており、会話が途切れない。
おばちゃんが外国人にやさしくする理由は孫が高校生の時から7年間アメリカに留学して、そこでお世話になったからという理由。お孫さんは地元の有名企業で通訳として働いているらしく、後で入社した弟さんよりもずば抜けて給料がいいとか(笑)
話をしているうちに伊能が到着。私と伊能は食事つきだったので、特製の赤飯を頂きつつ、延々とお話を聞く。食事は一部冷えてたけど(笑)、品数も多くておいしかったよ!どうやら全部旦那さんが作っているようで、おばちゃん曰く「私そういうのしないの~」って。
で、おばちゃんは何をするかというと、お遍路の杖を洗ってあげたり、杖のカバーを編んでみんなにあげたり、小物を作ってお客さんにあげたり、はたまた着物の着付けが上手らしく、地元の人の着付けを手伝ってあげたりと、基本家のことは旦那任せ(笑)。
でも旦那をうまーくたてているようで「あなた~あなた~☆」って旦那を呼ぶときの声が3オクターブくらい高くてこれがかわいいんだわ。こんな呼び方されたら、私だってうれしくなるわ、ババアやるな!って感じ。
飯食い終わって部屋に上がると、フランス人がパン一でヨガやってるし、台湾人はなんか挙動不審だしで、香港人が一番まとも。
台湾人に台湾語でなんだかんだ言われるけど全く私は理解できず常に香港君を間に挟んでの会話。
っていうか挙動不審過ぎて二人っきりには絶対なりたくない勢いで。
どうやら外人らはグループでなく全員ピンできているようで、野宿できるところがあれば、野宿する、できなければ宿に泊まるというスタンス。
伊能に安宿やら野宿場所やらを聞いているが、基本伊能は宿派なんで「野宿できるところあんのかな?噂でここなら寝られるとい話は聞くけど、あくまでも噂だから・・」と、伊能も含め、おばちゃんも含め全員でわんわん言って、結局香港君だけうちらと同じ宿になり、その宿を予約してあげることに。
フランスと台湾は野宿場所に翌日移動することになりその日は22時前には早々と終身。部屋はさびれてたけど、石油ストーブがありそれが本当にありがたかった。
この後、香港君と台湾は何度か出会うことになるが、フランス人とはもう会うこともなくなった。どんだけ足早いんだよ。
宍喰村の旧土佐街道は行き止まりだから気をつけて~!つうか看板はずせ!無駄にあるかされたわ!!海岸にでてThe end