シリア日記

シリアの思い出1

確か2001年の12月のラマダンまっただ中のシリアに私は到着した。
その時は、アラビア語専門のツアーガイドになる事を夢見ていたような気もする。
だが、そんな夢見がちな私はシリアでこれでもかと言うほどの先制攻撃を受けた。
そう、シリア人からも日本人からも・・・。

初めて借りたアパートでは、使ってもいない電話代をむしりとられ、今思えば家賃もぼったくり。
水も電気もよく止まった。向かいの家の親父は毎日風呂場を覗き見してた。
ついでに出ていくときには、勝手に家に侵入され色んな物とられた。
外を歩けば、老若男女構わず、チャンチンチョンチャンチンチョン言われ追い回された。
一日少なくとも10回以上は言われた。言われない日なんてなかった。
髪の毛引っ張られたり、石投げられたりも日常茶飯事。
本当、酷かった。

大学付属の語学学校に入学しようとして、手続き等々は日本人留学生仲間となる人たちがが教えてくれるだろうという話であったが、
荷物を日本から100キロも送ったこともあり、(6か月近く届かなかったけど)生意気とハブられ、何にも教えてもらえなかった。
(ま、期待する私も悪いんだけどさ)
やっとこさっと入学したら、
日本人=外語大生=多少アラビア語出来ると思われ、
いきなり上のクラスに入れられて、終日ぽかーん。
イギリス人と仲良くしてたら、同じクラスの日本人女に嫉妬され、
嫌味三昧。

そんな私の楽しみと言えば、大学の教授専用のテニスコートで、
シリア人大学教授、軍関係のお偉いさんおっちゃん、お金持ちのオッチャン達との日、火、木のテニスだった。

うん、本当にシリアに友達と呼べる友達なんていないけど、テニス仲間のオッチャン達だけは本当によくしてくれた。
(ま、このご時世全員国外脱出していると思うけど)

上の嫌味女にエミコは金持ちとしか付き合わないのねとか、嫌味言われたけど、本当、その通り。
金持ちとしか付き合いませんよ、だって貧乏人と付き合ったら、痴漢されるだけだし、
お金持ちは外人女にそんなことせんでも、金があるからいくらでも
女は寄ってくるからね。
あと、わかりやすく金持ちは学があったしな。

シリアみたいな社会主義の国は、生まれが全てなんだと思う。
貧乏人はどんなに努力しても一生貧乏だし、金持ちは何もしなくても死ぬまで金持ち。
貧乏人は小さいころから働かされて学校にも行けない。
小さい子がよく働いていた国だと思う。今でも入国管理局のあったバラミケとかいう場所の本屋に入った時、
大人のお古の洋服を着させられて働いていた小太りの7~8歳の子がお祈りの時間になったら、
ちゃーんと、まじめにメッカの方向向いてお祈りしていた姿が目に浮かぶ。
あれは凛々しかった。
でも、同時にこの先の人生が見えてしまい、ものすごい気の毒だった。

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