シリア日記

クロタン死にました その1

2002年の1月頭にダマスカスで拾ったクロタンが2020年9月17日に死にました。

拾った当時4か月位?という大きさだったので、生まれは2001年の9月くらいだと思い誕生日は9月7日に設定していました。

シリアードバイー大阪ー名古屋ー東京と20年間よく病気もせずについてきてくれました。クロタンは私にとっては初めてのペットでした。

拾った当初はお腹に寄生虫がいたようで、尻からソーメンみたいな虫垂らしてて慌てて日本の母親に電話して、動物病院の先生から蟯虫下しを送ってもらいました。

その後すくすくと育ち、とにかく人慣れはしているが猫には慣れておらず、何度かほかの猫を連れてきたことがあるのですが、まぁビビッてウーウー唸って全く仲良くなれず。

人に育てられたせいか、最初は噛み癖、ひっかき癖もあって、私も傷だらけになりましたが、ネットで兄弟で育つとお互いに噛んだり引っかいたりして加減を覚えるとなっていたので、まぁよくクロタンに攻撃されたら噛み返す、引っかき返すをしていました。

そうこうしてるうちに噛み癖もなくなり、とにかく人が大好き、人間にべったりの猫で、どこに行くにもストーカー、風呂にもトイレにもストーカーな犬のような子に育ちました。

シリアからドバイに連れて行くときはレバノンに国境を越えて行って、マイクロチップも入れてもらいました。

飛行機乗る前に何度も必要書類を確かめたのに何もいらないといわれていたにもかかわらず、ドバイについたとたん、書類がないといわれ隔離され、慌てて農林水産省に書類と収入印紙をもらいに行き、翌日鳥の羽だらけの汚い倉庫に入れられていた時は、心底腹が立ちました。

ドバイで避妊手術を受けて、痛み止めももらえず夜中唸っていました。病院に電話しても、ああ、そのうち治るから平気って。

ドバイから日本に帰国する時も狂犬病のワクチンを二回打って血を出張者に持って帰ってもらい日本の農林水産省で抗体検査の証明書をもらい万全の準備を整えました。(いつでも帰れるようにしていたので、3回くらい証明書とったはず)

キャリーに入れられるのが一番嫌いなあの子は、飛行機の中でもずっと10時間鳴いていたようで、日本についたときは声がかすれていました。どんだけ執念深いんだよって

大阪では実家の犬にシャーシャーいって近寄せず、名古屋、東京へと引っ越し時には新幹線の中で延々と鳴き続け、指定席がパーになりました。(その2に続く)

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